「瞑想をすると、かえって不安になってしまいます」
そんな声を聞くことがあります。
「瞑想は心を落ち着かせるものなのに、どうして?」
と思うかもしれませんね。
でも、これは決して珍しいことではありません。
私たちは普段、仕事や家事、人との会話、スマートフォンなど、たくさんの刺激の中で生活しています。
忙しく動いているときは、自分の心の中で何が起きているのか、あまり意識していないこともあります。
ところが、瞑想で静かに座り、外側への意識を少しずつ減らしていくと、それまで気づかなかった思いや感情、身体の緊張などが浮かんでくることがあります。
「この先どうなるんだろう」
「ちゃんとできるかな」
「なんだか落ち着かない」
そんな不安が、いつもよりはっきり感じられることもあるのです。
これは、「瞑想をしたから不安になった」というよりも、静かになったことで、もともとそこにあったものに気づきやすくなった、と考えることもできます。
不安が出てきたら、なくそうとしなくていい
ここで大切なのは、
「不安になってしまった。早く落ち着かなきゃ」
と、さらに自分をコントロールしようとしないこと。
不安をなくそうと頑張るほど、
「まだ不安だ」
「どうして落ち着かないんだろう」
と、不安そのものに意識が集中してしまうことがあります。
そんなときは、
「不安が出てきたんだな」
と、まず気づいてみます。
「私は不安だ」ではなく、
「今、不安という感情が出てきている」
と少しだけ言葉を変えてみる。
この小さな違いが大切です。
ヨガでは「観る」ということを大切にします
ヨガ哲学には、自分の中に起こる思考や感情を、少し離れたところから「観る」という考え方があります。
ヨーガ・スートラでは、心の動きと、それを観ている「見る者」を区別していきます。
私たちは普段、
「不安=私」
「怒り=私」
「悲しみ=私」
というように、感情と自分自身を一つにしてしまいがちです。
でも、
「今、不安がある」
「今、心配する考えが出てきた」
と気づくことで、
不安そのものと、それに気づいている自分は、少し違う
ということが見えてきます。
だからといって、不安を冷たく突き放す必要はありません。
「そうか、今は不安なんだね」
と、自分の感情にやさしく気づいてあげる。
それだけでも十分です。
感情は、本人に気づいてもらえたら役割は終了します。
そして、もう一度「今ここ」に戻ってくる
瞑想中に不安に気づいたら、そこをずっと観察し続けなくても大丈夫です。
むしろ、不安が強いときには、安心できる身体の感覚に戻ってきましょう。
たとえば、
・足の裏が床に触れている感覚
・お尻が椅子に触れている感覚
・身体の重さ
・自然な呼吸
・周りから聞こえてくる音
など。
「私は今、ここにいる」
と身体で感じてみます。
不安が出てきても、
「呼吸に戻ることができる」
「身体の感覚に戻ることができる」
その経験を重ねていく。
これも、瞑想の大切な練習だと思います。
その積み重ねの練習が、脳を変えていきます。
瞑想の目的は「何も考えないこと」ではありません
瞑想というと、
「頭を空っぽにする」
「何も考えない」
「いつも穏やかでいる」
ことを目指すように思うかもしれません。
でも、心は波のように動きます。
穏やかな日もあれば、不安な日もある。
考えが次々に浮かぶ日もあれば、静かな日もある。
それでいいのです。
大切なのは、どんな状態になっても、
「今の自分に気づいて、また戻ってこられる」
ということ。
不安をなくすことが瞑想のゴールなのではなく、
不安があっても、それに飲み込まれず、
「今ここ」に戻ってこられる。
その小さな力を育てていくことも、瞑想の大切な意味の一つなのだと思います。
そしてその積み重ねが、やがて日常の中でも、
「不安になったから、すぐに何とかしなければ」
ではなく、
「あ、不安が出てきたな。大丈夫。少し呼吸に戻ろう」
と、自分自身に安心を与えられることにつながっていきます。
不安をなくすのではなく、不安があっても安心に戻ってこられる。
そんな自分の内側の「帰ってこられる場所」を、少しずつ育てていけたらいいですね。
◎予期不安について全体的に知りたい方はこちらの記事へ
→「予期不安とは?〜」