他人を責めるのは自分の正義を認めて欲しいということ

他人の発言や行動を監視して

文句を言う人は

「自分の正しさを証明したい」だけなのかもしれません。

一方で

他人の監視にビクビクしながら

「みんなから文句を言われないようにじっとしてよう」

で閉じこもっているならば

それも幸せの判断基準が自分ではなく

他人にある状態なので

本当の気持ちは

「みんなから嫌われたくない」だけなのかもしれません。

 

これは良い悪いの問題ではなく、

そういうものが自分の中にある。

ということに気づいていくことが大事です。

 

もちろん、私も

「自分の正しさをわかって欲しいな」

「嫌われたくないな」

どっちもあります。

心の中は案外とかわいらしいものです。

「私を認めて欲しい、そして嫌わないで!」のエゴ丸出しの自分です。

 

それとバランスをとるように

「本当の自分はどうしたいのか?」

という自分もいます。

 

自分に正義があるならば

他の人にだって、その人なりの正義があります。

人の数だけ正義は存在します。

そこを批判してどっちが本当の正義かと争っても

答えは出ません。

 

また

人から嫌われないようにすること=

人のリクエストに応える人生なので

自分の望む幸せはいつまで経ってもやってきません。

 

自粛優先か経済活動を回すか

この課題も

置かれている環境によって

全く異なった正義が主張できます。

 

あまりにバランスを欠いた極論は置いときますが

そろそろ

人に嫌われることを受け入れる覚悟

そして

「本当の私はどうしたいのか?」の判断基準を自分の中に取り戻すこと

が必要ではないかと思います。

 

人の正義と自分の正義が違ったならば

「ああ、そうなのね。」

「あの人はそうなのだ。」

でそれ以上自分のエネルギーを他人に注がないことです。

 

あなたの正義を証明するために使った

たくさんのエネルギー

これからは自分を幸せにすることに注ぎましょう。

 

イラッときたときがチャンスです。

人を責めたくなった時は

「私の正しさを認めて!」という気持ちが

自分中にいることに気づきましょう。

気づいたら、そんなかわいい自分を認めてあげます。

それが

自分をありのまま認めるということです。

 

自分の中にも

エゴ丸出しのかわいい自分がいる。

そこを認められるようになると

 

目の前の人を見る目も変わってきます。

自分も完璧じゃないわけだし、

あの人もそうだよなぁ。とか。

 

↑能美市内の海です。

自然の中に出ると、一瞬で気持ちが晴れました!!

 

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